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当時22歳の僕がデトランスαと出会って脇汗が出なくなった話。

こんにちわ。今日は管理人が多汗症で人とまともにしゃべれずに卑屈だったけど、デトランスαの制汗剤を手にしてから脇汗が止まった事までの事を記事にしました。重度の多汗症で悩んでいる人は是非最後まで読んでみてください。

 

今でも覚えています。

 

あの時の鮮烈な思い出は。

 

脇汗がひどかった僕ですが、一人でスナップ撮影できるカメラマンになりたいと思って、大阪にあるカメラの専門学校を卒業して、東京に上京してカメラマンのアシスタンとして働き出しました。

 

当時の僕は学校ではそれなりに先生から評価されていて自分に自信があったので、「カメラマンになるには東京に出た方が大きな仕事ができるぞ」と背中を押してもらってイイノメデ●アプロと言われる芸能人を毎日撮影するスタジオアシスタントとして入社する事が出来ました。

 

夢を追いかけ毎日に仕事を楽しみながら成長していくんだろうなと期待を膨らませながら一人飛行機に乗り込み東京に出てきたあの時の寂しさと夢への希望が交錯するなんとも言えない気分は今でも覚えています。

 

しかし、現実は180度違いました。

 

初めての一人暮らしはテレビドラマで一人暮らしをする社会人の部屋とは到底違い、自分の部屋ときたら6畳ひとま。ユニットバスで監獄のような部屋で友達や恋人を呼ぶにはあまりにも狭くて見苦しい場所でした。

 

会社には初めはアルバイトとして雇ってくれることになっており、その後社員として入る予定だったが、社員にはなれないブラック企業であったことに加えて、

 

朝から夜遅くまで働く忙しさになのに月収20万円という安月給に加えて、パワハラカメラマンと一緒に毎日脇汗がだだ漏れで生活する事になったんです。

 

自分で好きなものを撮影したら、たまたま学校で表彰されましたが、カメラマンのアシスタントとは何をするのかよくわからずに就職してしまいました。

 

カメラマンアシスタントの基本的な仕事は雑用です。スタジオでモデルさんや色々な広告商品を撮影するにあたり、どんなライティングにして撮影するかをカメラマンの指示の元重たい器具を用意して作り上げる仕事の他に備品の発注から外での撮影時には車を運転したり、お昼ごはんの手配から全ての雑用をこなす下っ端の仕事。また、大きな撮影の場合は色々なカメアシが集められて準備を行ったりもします。

モデルさんを撮影してテレビで見たような華やかな世界なのかなとは思っていましたが、コミニュケーション能力が大切で常に大きな声掛けで指示が飛び交います。クライアントが求める事に瞬時に反応して、次々に撮影が行なわれていく姿は自分が思い描いていた一人で撮影する世界とは到底ほど遠いい場所でした。

 

何気なくテレビをみていたり、友達と会話をしているだけでも脇汗が出てくる僕の体。

 

そんな僕が新しい環境で生活する事時代がストレスとなり、外を歩くだけでも東京というおしゃれな場所は刺激が多くて、脇汗が出ている人なんて一人もいなくて恥ずかしい事だと余計に思って生活する事が始まりました。

 

仕事中は、腰にテープやハサミなどを詰め込むセットをつけるので重りとなり、いつも早歩きで動く事が要求されました。(走っては事故になるから)大きなストロボから放たれるライトは暑くて近くにいるだけで汗が出てくるので、休憩時間はいつもトイレに駆け込んで脇汗を拭いてばかりいました。

 

大きなライトの横でカメラマンが指定する場所まで位置を設置する時には、コンマ1ミリまで要求されます。

 

 

カメラマンの大きな声と、ライトの暑さで全身から吹き出るように汗が出ていました。

 

 

また、モデルさんを撮影している最中にカットを確認しているので本来ならやる事がない時でも、

 

 

自ら何かやる事がないか仕事を探せ!と、他の人には怒らないのに僕にだけ八つ当たりされる毎日がありました。

 

 

緊張と暑さから脇汗はびちょびちょで、洋服についた汗からはとんでもない悪臭となり周りの人にも気づかれていたと思いますが、精神的に本当に毎日が辛かったです..。

 

 

そんなある日の事、カメラマンに「あれを取って来い」と言われても専門用語ばかりで中々覚えず気の利かない僕はいつしか嫌われて、休憩中にトイレに行く回数が多いからという理由だけでみんなの前で「トイレ休憩が長いんだよ〜」と怒られるようになり、いつからか「相手が何を求めてるのかわからないとダメだよ!使えないなぁ!」と怒鳴られる対象となってしまいましたが、それからは、怒られる事が当たり前となり、同期の人にも下に見られるようになりました。

 

怒られる恐怖心からいつもオドオドするようになったら脇汗が今までにまして、沢山出るようになり、市販の制汗剤では収まらず夕方には洋服からワキガの匂いがプンプン出てくる。喋っている人に脇汗や臭いがばれたくないと思うと相手の話が上の空で頭に入ってこなくて、仕事にも支障が出ている..。

 

しかし、市販の制汗剤を使っても汗が止まる事は絶対になくて脇汗パットをつけてどうにか一時しのぎで生活していましたが、それさえも動きまわるので、知らない間に片方だけ無くなっていたりズレて汗染みになる事が頻繁にあって精神的にズタボロになっていきました..。

 

このままではヤバイ。脇汗を本当に抑えないと生活ができない。と思ってネットで調べたらたまたまデトランスαを見つけて、口コミを読んだら僕と同じく脇汗で本当に悩んでいる人が全くでなくなって「神レベル」と言ってる人がいたので藁にもすがる思いで注文してみました。

 

海外からの発送なので到着までは1週間程かかりました。

 

ただのロールオンタイプの制汗剤かな…?本当にこれで効果があるのかな..と半信半疑になりながらも使ってみたら

 

脇汗が止まった。

 

絶対に倒せないと思っていた自分の脇汗という名の敵を倒せた。

 

塗ったその時からカピカピと乾燥した状態でいつもと脇の状態が明らかに違うのがわかりましたが、次の日から汗が全くでなくなったんです。

 

本気で手術を考えていましたが、恥ずかしいコンプレックスを病院の先生にさらけだす勇気もなく、市販の制汗剤を妥協で使い脇汗パットでどうにかその日暮らしを続けていましたが、脇汗が出なくなったんです。

 

脇汗がでなくなったら、動いても人とすれ違ったり手をあげたり何をするにも恥ずかしくなくなり、生きてる事がとても楽しくなりました。

 

人と話す時にも目を見て話せるようになり、徹夜で撮影が続いてもT-シャツ1枚でスタジオ内を歩けて、カメラマンの言ってる事が耳に入ってくるようになり、「最近は徐々に仕事が出来るようになったな」と凡ミスをしなくなった事を褒められるようになりました。

 

脇汗が出ない「普通」の人ってこんなに幸せなんだ。という事を実感した時です。

 

しかし、脇汗が出なくなったけど安月給で夜中まで働く事は辛くてカメラマンに昇格する試験にも落ちて、自分の実力の未熟さを実感。3年を区切りにカメラアシスタントの仕事を辞めて、現在はデザインの製作の仕事をしつつ、趣味でカメラを楽しんでいます。

 

嬉しい事に人と話せるようになった僕は職場で仲良くなった先輩から合コンに誘われ、今の妻となる女性と出会い5年付き合って結婚から子供を授かる事もできました。

 

脇汗がひどくてワキガの臭いもする僕は絶対に彼女が出来る事なんて無いと思っていましたが、デトランスαを使った事により自分に自信ができて結婚できた事は自分の人生の大きな分かれ道でした。

 

あの時もしもデトランスαを使っていなかったら今もまだ6畳の部屋でカメラアシスタントとして働いていたかもしれません。そして今の妻とも出会えてなかったでしょうし、子供にも恵まれなかったかもしれません。

 

多汗症で脇汗がひどくていつも汗ジミを気にして自分に自身の無い人はデトランスαを使ってみてはどうでしょうか。

 

デトランスαを使って8年目。これからも僕の脇汗を止めてください。よろしくね。